注目の園紹介

子どもたちが心から安らげる「日常」と好奇心を刺激する「非日常」、それを支える熱意あふれる保育者が集まるPicoナーサリ

風の森の先生が幸せでも、「風の森だけ」で終わらせてはいけない

ー次の課題、いったいどのようなものなんでしょうか?

野上さん:大きくわけて2つあります。1つ目は、「余裕の価値を高める」ためにどうすればいいのかということ。もう1つは、「風の森の先生だけが幸せでもあまり意味がない」ということです。
国の基準で2人で見られる人数……たとえば1歳児10名を常に3人で見ていたら「保育の質が高い」と言えると思いますか?

ー1人当たりの保育士が見る子どもの人数が減れば、目は行き届きやすくなりますし、大きなケガなどはなくなりそうですが……

野上さん:そうですね。外遊びなど危険のある活動をしているときは、安全度があがると思います。でも、より子どものためになる「保育の質」の部分の向上は、ただ人数が多いだけでは実現できません。職員の数が増え、残業がなくなり、休憩もとれるようになると、次第に余裕のある状態が「当たり前」になってくるんですね。
子どもが10人、保育室内の安全な場所で遊んでいる時間があったとして、そこに本当に保育士は3人必要なんでしょうか。

3人いたほうが子どもへのよい働きかけが生まれるなら3人いたほうがいい。でも、「余裕があるから3人いる」だけの状況では価値がありません。事前に3人で子どもへの理解を共有して、気づきが生まれる状態にして、はじめて3人いることの価値が活きてきます。2人で行き届くのなら、1人はほかの作業をしたほうがいい場面もあるはずです。
だけど、園長先生や主任が、すべての場面で「あなたは今事務をして」なんて指示することはできません。

先生方一人ひとりが、どうやって時間を使っていいかを意識し、その瞬間瞬間に自分がここに必要かどうかを見極め続けなくてはいけない。自分ひとりのことではなく、チームのなかで自分が今、なにをするのがいいのかを考えないといけない。
人間関係、信頼関係も大切ですよね。気づいたことをうまく伝えるにも、スキルが必要。
そのためには、自分を高める努力も必要です。

伊藤園長:スタッフのスキルアップについては、それぞれが自分たちで、どこが課題なのか、どこをスキルアップしたいかという目標をたて、園長、主任や副主任、みんなで全体をのばしていくための話し合いの場を設けています。
スキルアップについては、ネガティブなこともやっぱりあります。ここが課題だよということをどう伝えるかは難しいですよね。美希さんがおっしゃるように、スタッフ同士の信頼関係も重要です。でもそこを進めていかないとなかなか園全体でいい状態は作れないんじゃないかなと、手探りでがんばっているところです。

ー保育士の先生方の働き方に対する意識改革や、そのための学びがこれからの課題ということですね。もう1つの「風の森先生だけが幸せでもあんまり意味がない」についても教えてください。

野上さん:子どもの世界は、とても細やかです。すごく地味で地道な積み重ねだと思うんですけど、小さな「できた」を一つひとつ大事にしていくっていうことが大事です。「できた」の積み重ねが、自己肯定感を高めていく。子どもの自己肯定感が高まるような保育ができると、保育者もうれしい。親御さんも幸せですよね。お互いに「保育/子育て」を楽しめるんじゃないかなと思います。

子どもは気持ちの振れ幅も大きいからやれるときもあればやれないときもある。そこで、やれないままで終わらせてしまうことの積み重ねが、子どもの自信をなくしてしまう。「自分はできない」って、自己肯定感を下げてしまいます。
そこに対応できるのは、その保育士さんの心と時間の余裕で、それはやはり子どもに対しての大人の人数がまず大きな問題だと思います。
それが解決された風の森において、先生たちは充実した保育ができています。

だけど、子どもと真摯に向き合いたい先生は全国にいます。「できた」を増やせるかもしれない子どもも、その保護者も。風の森だけ、杉並区だけではダメなんです。
幸い、「配置基準2倍」や「採用倍率13倍」という点でご注目いただいて、メディアで取り上げていただくことで、ほかの法人さんや自治体からの視察やご相談も増えてきました。変えていかなきゃいけないということを感じてくださっている仲間がたくさんいることを心強く感じています。それをもっと大きく広げていき、最終的には国を動かしたいというのが私の目標です。

そして、余裕を生み出せたら、余裕の価値を高めていくという課題。道のりは長いですが、心強い仲間たちとともに、子どもたちのために変えていきたいと思っています。

野上さんは、「最近は、園見学にいらっしゃる保護者が、設備や先生の人数などを細かく確認されることが増えているように感じる」ともおっしゃっていました。
保育士が多いことが保育の安全、質につながるということに、熱心な保護者は気づいているのでしょう。

今はまだ、風の森の取り組みが特別なものとして注目されていますが、いずれは国を動かしたいという野上さんの言葉通り、きっと保育士や子どもたちにとってのよい環境はこれからますます広がっていくことでしょう。

(取材・文:山口美生、撮影:根本和大、編集:ホイシル編集部)

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